芥川龍之介(青空文庫) テスト投稿

一、語学の英露独など出来る事。但どの位よく出来るか知らず。  二、几帳面なる事。手紙を出せば必ず返事をくれるが如き。  三、家庭を愛する事。殊に母堂に篤きが如し。  四、論争に勇なる事。  五、作品の雕琢(ちょうたく)に熱心なる事。遅筆なるは推敲の屡なるに依るなり。  六、おのれの作品の評価に謙遜なる事。大抵の作品は「ありゃ駄目だよ」と云う。  七、月評に忠実なる事。

 次に中村(なかむら)君はかう云つてゐる。「芥川(あくたがは)氏は清閑は金(かね)の所産だと言ふ。が(中略)金のあるなしにかかはらず、現在のやうな社会的環境の中では清閑なんか得られないのである。金があればあるで忙(いそが)しからう。金がなければないで忙しからう。清閑を得られる得られないは、金の有無(うむ)よりも、寧(むし)ろ各自の心境の問題だと思ふ。」すると清閑なんか得られないと云つたのは必(かならず)しも君の説の全部ではない。心境は兎(と)に角(かく)金以外に多少の清閑を与へるのである。これも亦(また)僕には異存はない。僕は君の駁(ばく)した文の中にも、「清閑を得る前には先づ金を持たなければならない。或は金を超越しなければならない」とちやんと断(ことわ)つてある筈である。

 私も嘗て、本郷なる何某と云うレストランに、久米とマンハッタン・カクテルに酔いて、その生活の放漫なるを非難したる事ありしが、何時か久米の倨然たる一家の風格を感じたのを見ては、鶏は陸(くが)に米を啄(ついば)み家鴨は水に泥鰌(どじょう)を追うを悟り、寝静まりたる家家の向う「低き夢夢の畳める間に、晩くほの黄色き月の出を見出でて」去り得ない趣さえ感じたことがある。愛すべき三汀、今は蜜月の旅に上りて東京にあらず。…………

 僕は路ばたの砂の中に雨蛙(あまがへる)が一匹もがいてゐるのを見つけた。その時あいつは自動車が来たら、どうするつもりだらうと考へた。しかしそこは自動車などのはひる筈のない小みちだつた。しかし僕は不安になり、路ばたに茂つた草の中へ杖の先で雨蛙をはね飛ばした。

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 僕は風向(かざむ)きに従つて一様(いちやう)に曲つた松の中に白い洋館のあるのを見つけた。すると洋館も歪(ゆが)んでゐた。僕は僕の目のせゐだと思つた。しかし何度見直しても、やはり洋館は歪(ゆが)んでゐた。これは不気味(ぶきみ)でならなかつた。